松浦鉄道
 まだ国鉄松浦線だった頃に乗って以来の訪問である。その頃はたびら平戸口駅はまだ平戸口駅だった。当時は平戸観光のために乗ったのだが今回は乗るのが目的である。そんなわけで駅撮りばかりである。

路線
 西九州線(有田 -佐世保間)  93.8km

沿革
 1898(明治31)年  伊万里鉄道が有田−伊万里間を開業
               同年九州鉄道に合併
 1907(明治40)年  国有化
 1944(昭和19)年までに肥前吉井(現吉井)まで開業

 1920(大正9)年  佐世保軽便鉄道が軽便鉄道として相浦−大野(現左石)− 柚木間を開業
 1923(大正12)年 佐世保鉄道に社名変更
 1933(昭和8)年までに上佐世保−大野間、実盛谷−四ツ指(のちの四ツ井樋)−臼ノ浦間、
             四ツ指−佐々間、佐々−吉井−世知原間を開業
 1935(昭和10)年 国鉄佐世保線の佐世保−北佐世保間を延伸開業
 1936(昭和11)年 佐世保鉄道を国有化、松浦線とする
 1943年(昭和18)年 佐世保−北佐世保間を松浦線に編入
 1945(昭和20)年 世知原線、臼ノ浦線、柚木線、松浦線が確定
              松浦線は有田−伊万里−佐世保間となる

 1987(昭和62)年 第三セクター鉄道への転換決定
 1988(昭和63)年 JR九州松浦線を転換、松浦鉄道西九州線となる


2013年7月30日撮影
使用カメラ ニコン D40X


佐世保
恒例となった夏の乗り鉄合宿で訪れた佐世保。佐世保線からの乗換は20分くらいだったのであまり時間はない。食料を調達したり写真を撮ったり忙しい。MR−600形は2007年以降導入された新しい車両。
2009年にも来たけどそのときには佐世保バーガーを食べたんだよ。
左石
開業時は大野駅だった。待合室の一部を改装してたこ焼き屋「駅たこ」が営業している。
たびら平戸口
沖縄のゆいレール開業までは日本最西端の駅だった。ただし、2本のレールの上を走る鉄道としては当然日本最西端の駅であることに変わりはない。
たびら平戸口
ホームの様子。ここでいったん下車して次の列車に乗る。せっかくなので記念写真を撮りたいからね。
たびら平戸口
1935年国鉄伊万里線平戸口として開業。
この駅を外から見るのは1977年3月以来だ。駅舎の一部が鉄道資料館となっており、営業時間内は無料で見学できる。ここでいろんな駅の入場券を売っている。夫婦石駅のを買った。
たびら平戸口
駅の外には第三セクター転換まで使用されていた腕木式信号機が保存されている。
たびら平戸口
石炭の運搬に使用されていたホキ。
たびら平戸口
向かいのホームから改札口。人影は同行の若い衆。
たびら平戸口
伊万里行き。佐世保方は切り通しになっている。地図を見るとこの先500mくらいのカーブのところが線路としての最西端になっている。
たびら平戸口
ホームに入ったところをさらに撮影。ここから乗ったのは我々の他は数人。
松浦
佐世保から線路は西へ東へと向きを変えながらほぼ北北西に走るが、たびら平戸口で大きく東へ転じる。松浦線の名の元となった松浦駅。まだ長崎県である。明治から戦後にかけて石炭産業で栄えた地域である。
松浦
ここで佐世保行きと交換。右側通行だね。これは列車内から撮影。
松浦
発車のとき後ろに移動してさらに撮影。後ろの跨線橋は駅構内のものじゃなくて駅外のもの。駅構内はホームの向こうの構内踏切で連絡している。
楠久
福島口から東側が佐賀県。ここでも交換。意外と交換が多い感じがする。この駅では左側通行だ。この609は佐世保からたびら平戸口まで乗ったやつだ。風景を見ると山間の風情だが伊万里湾まで0.4kmほど。
伊万里
松浦鉄道は伊万里で乗換えねばならない。線路はスイッチバックするのだ。筑肥線の伊万里駅は道路をはさんだ向かい側で線路はつながっていない。
夫婦石
無人駅だが交換駅。たびら平戸口でこの駅の硬券入場券も売っている。駅名の由来は地名ではなくて有田川にある大小一対の岩から。
蔵宿
松浦鉄道にはこういう木造駅舎が多く残されている。ここでは駅舎の一部に建設会社の事務所が入居している
有田
陶磁器で有名な有田の代表駅で佐世保線との連絡駅。


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