江ノ島神社中津宮 鎌倉散歩 江ノ島岩屋編 その2
 江ノ島の岩屋へ行ってみようということで子供と出かけた。
岩屋は暗く下の子は「こわい〜」を連発。なんとか無事に出てからお昼を
食べた。その後、腰越にある義経ゆかりの満福寺まで足を伸ばした。


u  見晴亭の横の階段を下りると「稚児ヶ淵」と呼ばれる岩場にでる。魚板岩と呼ばれる岩があり釣り人が数人いた。そこからかつては海岸伝いに歩いたが現在は立派な桟橋ができていて楽に岩屋へたどり着く。
 岩屋は古くから弁財天信仰の対象となっていて、弘法大師が訪れたときに弁財天が姿を現したといわれる。源頼朝が戦勝祈願に訪れたこともある。1981年(昭和46年)に岩盤が崩落し長期間閉鎖されていたが1993年(平成5年)に再開された。富士へ通ずるとの言い伝えも残されている。入洞は大人500円、子供200円。
稚児ガ淵周辺の岩場 与謝野晶子の歌碑   第一岩屋最奥

u  岩屋は「第一岩屋」(152m)と「第二岩屋(112m)」からなる。第一岩屋から第二岩屋の間に亀の形をした「亀岩」がある。ちょうど亀が竜宮城へ帰っていく姿に見える。第二岩屋はおどろおどろしい音が流されていて一番奥に龍がいる。子供は怖がってすぐに出てしまった。
第一岩屋から 第一岩屋 亀岩

u  岩屋を出て岩場でおにぎりを食べ江ノ島を出た。江ノ島東浜を貝殻を拾いながら歩き腰越へ向かった。
第二岩屋の龍 東浜 江ノ島

u  腰越漁港から江ノ電通りへ入り満福寺へ向かう。満福寺は義経由来の寺として知られ、NHK大河ドラマ「義経」の放送決定以来ずいぶん人が増えた。
腰越漁港 満福寺 満福寺本堂

u  龍護山満福寺は744年(天平16年)行基が開いた寺で本尊は薬師三尊である。義経由来の寺らしく境内には義経や弁慶ゆかりのものが数多く残されている。
源義経公慰霊碑と弁慶の手玉石 弁慶の腰掛石 満福寺山門と江ノ電

u  さて源義経は壇ノ浦の合戦に勝ち鎌倉へ戻ってきたが、頼朝のねたみにより鎌倉入りできなかった。そのとき義経はここ満福寺に逗留し大江広元あてに一通の嘆願文を差し出した。それが「腰越状」である。満福寺には弁慶が書いたといわれる版木が残っている。ふすまには鎌倉彫で義経の人生を表した作品が展示されている。その一つが下の「弁慶の立ち往生」である。また天井にも花や龍の鎌倉彫が施されている。
玄関の天井絵 腰越状 弁慶の立ち往生


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